アウトドアと飯のあれ

神奈川県在住の20代のアウトドアと飯と旅行のあーだこーだ

2018年11月25日 五箇山相倉合掌造り集落

古き原風景。

 

前回の続き。

akiranngo.hateblo.jp

 

やあ。

先に言っておきますが僕は観光地が好きではありません。

理由は単純明快、人込みが嫌いだからです。

日常の気晴らしに観光に行くのに、何が楽しくて人込みに揉まれなきゃならんのですか。

以前は頻繁に行っていた上野や高円寺も、もう随分と行ってません。電車がそもそも嫌になった。

 

なので観光地にはそれほど魅力を感じず、行ったとしてもシーズンをずらすことが多いのですが、

今回行くのは観光地でも好きな場所の1つ、相倉(あいのくら)合掌造り集落です。

 

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白川郷・五箇山の合掌造り集落。説明不要、北陸を代表する観光名所。

「合掌造り」と呼ばれる茅葺屋根家屋の集落群の総称。

現在3集落存在し、3集落それぞれユネスコ世界遺産として登録されている。

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とまあ、もはや言うまでもなく有名な観光地です。

前回の春日温泉郷から車で55kmくらい離れてますが、市街地を突っ切る割りにはそこまで時間はかかりません。

富山は車がそこまで多くないのと、全体的に道が広いので走りやすい。

 

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五箇山の地名の由来ですが、そもそも合掌造り集落は現在残っている3集落以外に、加賀藩時代には70程存在したと伝えられています。

この地域には赤尾谷や利賀谷等の合わせて5つの谷があり、かつてそれぞれの谷の間に集落が点在していました。

「五箇所の谷の間」にある集落が「五箇谷間(やま)」と総称されるようになり、谷間が転じて山となり、現在に至るとされています。

 

加えて相倉の地名ですが、倉という地名には有名どころがありますね。

鎌倉は「①お釜に包まれたような形で、倉のように出口が1か所ある」、

「②鎌は抉り取るような浸食地形のこと、倉は断崖や谷の意味を持つ」、

「③蒲や葦が海岸沿いに生えていたので蒲が転じて鎌になった」など、

由来には諸説ありますが、その多くは地理的特徴を端的に捉えたものが多いです。

中臣鎌足アイヌがあーだこーだもあるんですが歴史に明るくないので分からん。

 

相倉はどう見ても谷に囲まれた山村という風景なので、②の意味が近いかな。

相には向かい合う、相対するの意味があるそうです。

崖崩れが酷い山が近くにあって、それに向かい合う位置にある村なので相倉と呼ばれるようになったとかなんとか。

 

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手前に見えるのは原始合掌造り「三郎」。
昔は五箇山の集落に多く見られた合掌造りの元祖とも言えるものでしたが、

多くが取り壊されるかして、今残っているのは五箇山でこの1棟のみ

今は倉庫として使われているんだとか。

 

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 奥に見えるのが新日本百名山人形山

白山を開山した泰澄が開いた修験道の山で、この五箇山も修験者が白山信仰の為に住み着いたのがルーツという説が有力です。

人形山の由来でもある「雪形の姉妹」ですが、まんが日本昔ばなしでも「人形山」として放送されました。

その雪形は6月初頭、雪解けが終わる頃に見られるそうです。

ちょうどそのあたりの時期に田んぼの水張りが行われるので、一度行きたい。

 

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他に五箇山のルーツで語られると言えば、平家の落人伝説ですか。

源平合戦で敗北した平家一門や郎党が流れ住んだ逸話がある場所は、全国各所に存在しますが、ここ五箇山もその1つ。

富山と石川の県境で起きた倶利伽羅峠の戦いなどが原因となり平家は敗北しますが、その時に逃げ延びた落人が居着いたとされています。

八尾町のおわら風の盆五箇山こきりこ節、同じく五箇山麦屋節は、富山三大民謡とされています。

その麦屋節には、

浪の屋島を遠くのがれ来て 薪こるてふ 深山辺

烏帽子狩衣脱ぎうちすてて 今は越路の 杣刀」というフレーズがあります。

源平合戦に負けた平家の武士が過去の栄華を懐かしみながら、越中の山村で暮らしている寂し気な歌に聞こえますね。

 

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こういう手作り看板すき。

「平家」と言われればここの地名も関係がある気がしますね。

ここは平成の市町村合併4町4村が合併し、南砺市となるまでは(たいら)と呼ばれてました。

でも平村って地名は全国的に珍しいわけではないので、ただの偶然な気がしなくもないです。

平が多すぎてゲシュタルト崩壊してきた。

 

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僕としては集落形成の基盤となったのは白山信仰の修験者が礎だと思いますが、

他の里村とは違う建築様式が発展した要因としては、豪雪と谷で隔絶された流刑地だったことが挙げられるでしょう。

ここは2~3mも雪が積もる北陸有数の豪雪地帯、観光地に住んでる人の隠れた苦労や努力は計り知れない。

 

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地主神社

日本の国造りの神=伊弉諾を「日本国の大地主」と見立てて付けた名前だそう。

最初見た時はやけに世俗臭い名前だなと思った。

 

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良コケが生えてたので。

五箇山秋篠宮殿下が世界で3箇所好きな場所がある、と言った場所の1つ。

神社の奥には宮中行事の時の御歌碑が建立されてます。


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五箇山はその歴史的バックボーンを考察しながら歩くのも面白いのですが、

こういう日本の原風景をただ眺めながら歩くという贅沢が出来るのが好き。

稲の穂が実りを告げる頃に歩くのも乙なものですが、流石に混んでるかな。

 

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これから雪が積もる五箇山、名も知らぬ山に初冬の知らせを感じて

冬支度を始める頃でしょうか。

冬はなあ、ライトアップが綺麗だって言うし、来たいんだけどなあ、あの峠を越えるのはなあ。

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高台から集落と人形山が一望できるスポット。

 

その後は15時を過ぎたあたりで雲も陰って暗くなってきたので帰宅しました。

 

やっぱ相倉は良いですね。

相倉集落は隣の菅沼集落に比べて規模は小さいですが、

それもあって混雑具合が少なく、僕はこちらの方が好きです。

相倉・菅沼共に2年半前に行ったのですが、菅沼はライダーが凄い多くてとても街中を見て回る気がしなかったんですよね。

相倉はシーズンにもよりますが幾分か長閑です。

少し観光地しすぎてる衒いはありますが。

 

 

 

次から神奈川に行くで。ばい。