やぁ。
梅雨が晴れたと思ったらバケツひっくり返したような雨続き。
川の近くなので放流のサイレンが夜中ずっと鳴っています。
こんなジトジトしている雨の夜には、山の鳥も羽を休めて寝ていることでしょう。
ということで1つ富山の民話でも。
昔々、越中のある山奥に、『いも鳥』という親子の鳥がいた頃のお話です。🍠🐤
いも鳥は薯(山芋)が大好物で、薯のできる季節になると山中を飛び回り
シャクシャクとした触感の、とろけるような味に舌鼓を打ったものです。
雛鳥は、毎日お母さんが持ってくる薯が楽しみでした。
大きくなるにつれ、お母さんが持ってくる量では満足しなくなってきた雛鳥。
自分で山の中に入って薯を取ろうと頑張りますが、これがうまくいきません。
それもそのはず、薯は土の中に埋まっているもの。
お母さんも、実は毎日大変な苦労をしていたのです。
ある日薯がなかなか取れず、やっとの思いで持って帰ってきたお母さん。
雛がかじりついたそれは、今まで食べたどれよりも美味しく感じました。
一日中飛び回ったお母さんは、ぐったりとして寝込んでいます。
雛はふと考えます。
「どうしてお母さんはこんなに上手に薯を取れるのだろう。
もしかしたら、僕に食べさせているのはちょっとだけなんじゃないか。
お母さんはもっといっぱいの薯を食べているんじゃないのか。」
お腹のすいた雛はいてもたってもいられず、お母さんのお腹を切って
お腹の中の薯を食べようとします。
しかしお母さんのお腹に入っていたのは、泥だらけの木の根っこばかりでした。
自分のしたことに深く後悔した雛は、『オッカアサン、オッカアサン』と
今でも鳴き続けているのです。
人々はその鳥のことを、いつしか『ホトトギス』と呼ぶようになりました。
心のひがんだ兄は盲目であった。
妹の掘って煮て食わせた山の薯が、あまりに旨いので
かえって邪推をして、妹はもっと旨いのを食っているだろうと思った。
そうして包丁を以て親切な妹を殺したところが、それが先ず鳥になって
ガンコ・ガンコ(カッコウの鳴き声)と啼いて飛去ったという。
ガンコというのは多分頭の意味で、薯の筋だらけの悪い部分をいうのである。
即ち私が食べていたのはガンコだガンコだというと、
さてはそうだったかと悔い歎いて、盲の兄も鳥となり、
ホチョカケタと啼いて飛び、今でも山の薯の芽を出す頃になると、
こうして互いに昔の事を語るのだというのである。
(柳田國男『野草雑記・野鳥雑記』)
欲深い人が命を落とし、ホトトギスになった話は全国各地で見られます。
ホトトギスは夜中でも良く鳴くので、
『夜遅く起きてると、夜にも休めないホトトギスになるよ』という
子供への教訓だったのかもしれません。
次に彼らの声を聞く時は、少し悲しい気持ちになってみて下さい。
ちなみに僕は山芋食べられません。口の中がイガイガするよ。
おわり。