前回の続き。
前回の話から大分開いてしまいましたが、
有峰林道開通後、現地調査へ行ってきました。
今回行ったのは登拝道の登り口の現状を確認すること。
アプローチが長い古道を調査する好事屋はそう多くないので、
この場所の事前情報はゼロ。結局自分で行くのが一番。
まず登拝道が新ノ又谷・檜谷間の尾根から始まることはお話した通り。
この取付きの道は『東岸線』と言い、有峰林道唯一の未舗装路で、
南北それぞれにゲートがあり、全線に渡って車両通行が禁止されています。
(自然保護目的の為。)
つまり東谷線側(南)のゲートから1時間以上、折立側(北)からはその倍以上の距離を
歩くことでしか辿り着けません。
「そもそも半世紀以上前の道。藪藪で道の取り付きすら分からないんじゃないか?」
という意見もあるでしょうが、地図を見ると鉄塔があるのが分かると思います。
つまり、
①鉄塔整備の為の巡視道があるということ
②定期整備の為、巡視道も含めて道中の状況は悪くはないだろうということ
が予想できる。
そして偶然にも新ノ又谷・檜谷間に建てられた鉄塔の巡視道は、
イチから刈り払って作られたのか、はたまた何かを流用したのか?
今回は東谷線のゲートに車を止めて歩きました。
春蝉の鳴き声に包まれ、多少の泥濘はありましたが決して悪くない道。
轍も残っているので、作業員が定期的に通っているのは確かなようです。
有峰にあって殊更人の手から離れた場所。
森林浴をするには丁度良さげですね。
そんな東岸線を歩いて1時間程、取付きに到着。
これを見てテンションが上がってしまいました。
直感ですが、恐らくこれは登拝道を流用したものではないでしょうか。
確たる証拠はありませんが、土堀りの近代的でない段差の作り方が
古い登山道であったことを示すと感じました。
更に驚いたのが、鉄塔巡視道にありがちなプラスチック階段がないこと。
「よしんば道が残ってたとしても、開発で当時の面影はないだろう」
と踏んでいたので、このことは僕にとっても予想外でした。
強いて言えば土嚢袋が1つありましたが、些末な物。
この道の価値を知っていた人が敢えて大きな手を付けなかったのか、
そもそも付ける必要はないくらい、あまり来ない場所なのか…。
この道の緑が綺麗なこと。
薬師岳の開山は南北朝時代にも遡るとされ、近代では田部重治も用いた道。
(加藤文太郎も『単独行』で触れてますが、冬季の為この新緑は望めなかったでしょう。)
長さにして2,3分にも満たない道ですが、それは左程重要ではない。
取り付きがこれ程綺麗だと、山行のモチベーションが大きく上がります。
藪だけの道を突き進むよりも余程希望が持てるものです。
間も無く鉄塔に至る。
ここからは案の定激藪が小畑尾峠までは続くと見られます。
針葉樹林ならそれほど密生した藪にならないと考えてましたが、
広葉樹林で笹薮はね…。
取り付きの様子、折立に停車して来た場合は3倍近い時間がかかること、
諸々を踏まえると、
1泊2日で薬師岳まで十分に踏破可能と感じました。
(舗装路歩きがあるので、自転車で短縮したい。
加えて折立側からの道は未踏査なので要確認。)
とにかく時期と天候を見極めなければ、この道の難易度はグッと上がるでしょう。
そして北陸特有の天気の悪さで、6月に2日続けてカラッと晴れる日が少ない。
特に土日が晴れない。
ということで今年も行けず仕舞でした。
10月なら行けそうかな…?日照時間が短くなると不安で仕方ないですが。
ということで今回の探索は以上となります。
今回は時間の都合上進むことは叶いませんでしたが、
改めてこの道のシンプルな難しさを感じ、課題も見えてきました。
今後も踏査の方を進めて行く予定ですので、その時にまた。
では。