『毒』の付く地名は殊の外多い。
その筆頭が北海道 有毒温泉だと勝手に考えているが、
不用意な立ち入りを防ぐ為、これほど危険を端的に表す語もないだろう。
日本三名泉と名高い草津には数多の源泉が湧出て
古くから国内各地より湯治客で賑わい、名実共に東日本を代表する温泉街であるが
草津の山奥に流れる毒水沢と、その上流に湧く秘湯のことはあまり知られていない。
今回の目的地、香草(かぐさ)温泉は前述の通り沢の上流に湧出ている。
草津の湯は多くがpH値が低い、つまり酸性泉だが
この香草源泉のpH値は0.9。国内で最も強い酸性泉との呼び声もある程だ。
胃酸のpHが1、レモンが2、リンゴが3と聞けば、その酸性度に驚かされる。
これ程の強酸性泉が流れる為、飲水に適さず魚類や両生類も棲めない。
まさに毒水の沢。今回はこの沢を遡行する。その前に蘊蓄でも垂れ流し。
当源泉は明治の医学者エルヴィン・フォン・ベルツによって発見された。
同氏と親交の深かった市川某(ホテル一井前身の一井旅館経営者?)により
一井旅館別館が山腹に建設され、引湯されていた。(参考:温泉の科学7-2-1(2))
当時の地図に同館の記載がある。
しかし建屋から源泉まで往路1時間、活火山の沢筋、
極め付けに雪深い土地柄と来たら保全整備に多大な労力がかかるのは当然。
いつの日か別館も取り壊され、源泉のみが再び山に残された。
また旅館のあった頃でも、今回向かう源泉地は別に活用されていた様で
温泉療養地としては適當なる天地を有しながら未だに二三の旅館の設備しかない、
而し清涼なる淡水の眺めもあり、地勢は最も日光浴に適して居るので
春から夏にかけて草津まで行かれた方は一度散策の傍ら
見分実行せられる者が多い(略)
春~秋の間は日光浴場として用いられ、観光客は帽子と黒色眼鏡を身に着け
日光浴の傍ら沢水や湯に浸かることを楽しんだそうだ。
さて、雑話はこの辺に留めておいて遡行に戻ろう。
いくらかの心得があれば難所は皆無、秋口にしては水も冷たくない。
ただし当日は過度に濡らすのを避け、泳ぎはしなかった。
しかし帰ってみると1日仕舞っておいたにも関わらず、水濡れの悪臭は感じなかった。
草津の湯は前述の酸性度によって、強力な殺菌効果がある。
その酸性度から流域河川は「死の川」と呼ばれ
水質改善の為に品木ダムが建造されたことは有名な話。
実際に沢水が目に入るとかなり沁みるそうだ。下流のpH値は2.5。
リンゴとレモンの中間と言えば結構な酸っぱさである。
飲みはしなかったが味わっても良かったかもしれない。
特徴的な大滝を巻くと、いよいよ野湯の風格が醸し出されてきた。
野湯愛好家によって下流から上流にかけて1~9の番号が割り振られている。
専ら入られているのは上流の方らしいが、この辺りは湯の花が多量に出ている。
下流はあまり感じなかったが、上流は若干のヌメりがある。
やはりフェルトソールが無難。慣れてればラバーでも行けるのかもしれない。
ここで先行PTに追い付く。
とりあえず7番源泉に入ってみようとした所、超高温。
源泉温度は60度近いようだが、沢水が上手く流入せずほぼ源泉のままのようだ。
土木工事も考えたが面倒なので、沢側で足湯してみる。
たまに源泉が沢に流れるのだが、激烈に暑くて避難するの繰り返しで忙しい。
暫くロケーションに心寄せつつ足湯に興じていると、先行PTが譲って下さった。
どうやら上流には行かず引き返すようだ。
沢を詰め上げて行けば藪漕ぎ無しで草津白根山の稜線に到達する。
9番源泉の下に湯舟があった。
こちらは沢水も流入しているのか適温で42~3度程。
寝られるくらいの深さはあるので、誰もいないうちに全身浴。
文句無しに今回の草津の風呂で一番の極楽だった。
結局後続は誰もいなかった。当日は早朝はそれなりに荒れ模様だったのでその所為か。
何だかんだ1時間ものんびりしてしまった。
しかしこれだけ強い湯だと人によっては肌も荒れるかもしれない。
この日は香草以外に3度入浴したが、僕の肌には何ら影響はなかった。鈍感極まれり。
沢を詰め上げれば芳ヶ平へ至る稜線に出る。
2021年10月現在草津白根山の噴火警戒レベルは1、
稜線は禁止区域外なので歩くには支障がないのだが
どうやら芳ヶ平側から通行禁止措置が取られてる様子。
面倒ごとも厄介だし、何よりこれで立入問題になったら事なので来た道を折り返す。
道中のロケーションが良いので苦にもならない。
沢自体も初心者には充実感があるし、富山にはない感じの地質は新鮮だった。
13時頃に脱渓して遅めの昼食。
当然沢水は使えないので、ミネラルウォーターを持参。
のんびり時期早の紅葉を眺めつつ、下界に降りて観光に勤しんだ。
冷え性でも遡行を楽しみたい、10月でも暖かさを感じたい方に是非お勧めしたい。
草津の秘湯はまだいくつか在るので再訪を誓おう。
おわり。