前回の続き。
4:30 起床。
テントは朝霜で凍りついていた。思ったより寒い。
温泉に入りたい気分だが一生出られなくなる。体を叩き起こして5:27発。
稜線まで雪は無い。
暫し無心で登り振り返れば、広がる雲海が押し寄せてきた。
パステルオレンジが空を染め始め、吉日の予感を告げる。
稜線までは緩急のついた斜面を登り、全容が掴み辛い。
幾つかの登りを経て稜線に這い出るまでは意外と時間がかかった。
穏やかな東面とは一変して、西風が強く吹き付ける。
流石に薄着は寒いのでビレイパーカーを羽織りアイゼンを履く。
新雪が夏道に積もり、絶巓までの一条の線を引く。疲れも吹き飛ぶようだ。
後背には凛凛しき槍ヶ岳。果ての先まで稜線を伸ばしている。
こちら側から望むのは鹿島槍の時以来。
まさに一本槍という風格。
荒ぶ強風は直下で止み、叩かれた雪面はアイゼンの嚙みも良い。
8:00に山頂到着。今朝は誰も居ない。僕だけの景色だ。
鑓の頂からはこれから歩く縦走路が眼前に広がる。
手前が杓子岳、奥が山域の盟主白馬岳だ。
猛る東面の岩稜、白雪纏う西面の対比。
これが見れただけでも苦労の甲斐がある。
直下は若干際どい下り。こちらの雪は叩かれておらず薄く乗っている。
幸い道幅はあるので、山側に寄って歩き続ける。
風紋の波打ち際に広がる大海。
このビーチで朝日を眺めれば、下らない悩みなど流れていくだろう。
杓子岳は山腹を巻いた。
頂は後々の山行のために残す。一度に食べては勿体ない。
たまに膝上まで呑まれるが、それもまた楽しみの1つだ。
その後も一人だけの贅沢な時間を闊歩して、頂上宿舎の上へ。
杓子の見事な大岩壁を背負い、小休憩して最後の登りだ。
正午前に到達。
この時間になると日帰りの登山者も幾人か訪れてきた。
山荘の影で休憩していると、白靄が空へ吹き上げてきた。
まるでヒマラヤやアンデスに迷い込んだようで、
この年特に印象に残った風景の1つとなった。
上部は既に雪が無く、大雪渓も靄の中。
降りが判然とせず変な所を滑り降りる。
当然ながら一番雪が無い時期で、沢際から夏道に取り付いて振り返ると、
雪渓の薄さに冷や汗が流れた。
冬靴での夏道下りで、左小指が当たって足取りが重い。
昼日中にようやっと登山口に到着。
近場の温泉もあったが、馴染みの姫川温泉に入って20:00頃家に到着した。
おわり。