前回の続き。
4:00 もうこの時期の夜明けは早い。
起きてチョコレートを齧り、必要なものだけ詰めて出発する。
それなりに風が吹くのでゴーグルを持ってきたのが功を奏した。
昨日は見るだけで憂くなった双六岳の直登もカリカリに締まって小気味良い。
朝日を背負って振り返ると、槍の穂先が薄雲を舞い散らす。
燕岳から陽が雲間を突き破った。
目指す鷲羽岳の頂は遠い。
想像力が乏しい僕には山容を見ても鷲を連想することが出来ないが、
ここから見える雪絵は大翼を広げ飛翔せんとする鳳凰のようだ。
蒼天に掲げる槍と起伏激しい各稜線の近傍にありながら
この穏やか極まる丸い台地はどこか異質な存在感を醸す。
ぐるり周囲を取り巻いた壮年期の山岳の中に在りて、此の二山を中心とせる
附近の地貌は、のんびりした気持で頂上を歩いている登山者に、
或は山がまだ幼年期にさえ達していないのではあるまいかとの感を
抱かせるのも面白い。
(木暮理太郎『黒部峡谷』)
周りの山に比べれば可愛らしいアップダウンを終え、
三俣蓮華岳まで快調に進む。
夏道は東側に岩肌に沿い下るのだが、深い雪で夏とは全く違う印象を受ける。
北に延びる尾根で緩く標高を落としていく。
今日は雪も落ち着いている。右手の谷が緩くなった所で小屋目がけてショートカット。
日が高くなってきても結構な風が吹き、DASパーカとラックナーを出す。
流石にニトリルを出す程でもないがこの時期の寒暖差は半端な冬より厄介。
小屋前である程度デポして山頂へ向かう。
鷲羽への道は融雪が進み、夏道に時折氷が張り付いている程度のものだった。
偽のピークが数回あって精神的に参る登り。
ひたすら岩嚙み軋むアイゼンの音をBGMにしながら進む。
こういうマゾヒスティックな登りで足を進めさせるのは
必ずしも前向きな精神力ではない。
意地の張り合いのような登りを終えると、念願の鷲羽池と槍を思う儘にする。
秋に見ることが叶わなかった山巓に、半年経ってようやく訪れた。
晩夏訪れた野口五郎岳も黒砂礫の肌を雪で彩る。
歩いてきた道を振り返る。
一見なだらかに見えるのだが、双六への帰りを考えると凡そ今の道程を
登り返すことになる。意外と帰りも辛いのである。
やはり徒歩で水晶岳の往復を考えるのなら、源流を未明に抜けるべく
三俣での幕営は必須になるだろう。
「冬のトレーニングを怠けなければ」と悔恨の気分もないわけではなかったが、
一先ずは登らせてくれた山に感謝し、この眺望を心に焼き付けよう。
三俣まで下り、カラになった水を作る。
雨樋から伝う水を貯めた方が早いのだが、鉄錆臭くて不味いのでお勧めしない。
さて、11:00前に出発して三俣蓮華への登り返し。
緩傾斜帯は夏季に想像していた通り素晴らしいロケーションだ。
防風さえ完璧ならデートスポットとしてもよろしいのでは。
谷筋を通るのが嫌で復路は夏道を辿ったが、
やはり直下は日当たり良く緩んでいたのでお勧めはしない。
西風で叩かれた場所は固く保っていたので、北尾根を辿った方が楽だと思う。
1時間後、頂に再度立つ。
帰りの稜線では終日の好天に惹かれた多くのスキーヤー、登山者とすれ違った。
板戸岳というマイナーピークを狙う人もいるし、赤牛の往復、
高天原温泉へ向かうスキーヤー…。皆思う山、惹かれる道は様々。
僕の明日の向かう先を望みながら、双六の下りを済ませたのは昼中前。
降り始めは結構怖さを感じたのでジグを切って落としていく。
明朝の天候を確認して小屋に下った後は、明日用の水を大量に作って日なたぼっこ。
この日の小屋は昨夜を超え、足の踏み場に困る程の混み具合だった。
夕食のラーメンを食べた後は早々と耳栓をして床に伏した。
次回へ続く。