前回の続き。
疎らだが歩いている人はいる、軒並み海外からの観光客。

天高く枝を伸ばす満開の桜を潜れば、
南木曽駅まで1時間弱というところ。

その昔、木曽の谷を駆け回っていたSLを左手に歩こう。
少し歩いたカフェこころで昼食。

早いもので正午の鐘が鳴りそう。
こうも陽光が燦燦と降っては、夏虫も慌てて起きてくるのではないだろうか。

古来、木曽川沿いの本道は度々水害で往来ができなかった。
木曾路はすべて山の中である。
あるところは岨づたいに行く崖の道であり、
あるところは数十間の深さに臨む木曾川の岸であり(略)
野尻~三留野の羅天の桟は特に寸断が多かったとされる。

いつしかエスケープルートとして峠越えの山道が拓かれる。
これが与川道(よがわみち)で、徳川将軍家への輿入れで京都の姫君が通った
由緒ある古道。

時代は移ろい昭和には与川森林鉄道が延び、檜材が麓へ下ろされていった。
昭和中頃には既に廃れたが往時を偲ばせる遺構が道沿いで見られる。

仕事径を思わせる杉林を小気味よく歩めば、やがて山村。そしてまた杉林。

幾度それを繰り返し。
意外と細かいアップダウンがあって、地図で感じるより見所が多い。

この道で仕事をしていた人々の心の声が聞こえてきそう。
古今の息遣いを感じる余裕こそ、トレイルハイキングには肝要。

陽射しを遮る竹藪に優しさを感じて。

暗く陰落とす切通しを抜ければ、新たな山村との巡り逢い。

やや、奥に見えるのは中央アルプス。
不得手なので判然としないが、空木岳の辺り?
今年も中央アルプス行きたいな。ゆる沢候補募集中。

今にも菅笠被りの二本差しが歩いてきそうだ。
やがて川を渡り峠道。

観光客を追い越して、軽快に登っていこう。
250年以上前の石仏に手を合せば、峠は間もなく。

再三再四アスファルトと触れ合うが、地図にないトレイルが整備されている。

木陰を暫し楽しんで、小一時間も歩けば野尻に到着。

15時前に駅に着くと、どうやら遅延もあり電車は当分先だと。

近くのカフェでカレーピラフを食べたり、
痛めたハムストリングスを休めて暇を潰して中津川に戻ったのは17時頃。

付知峡で温泉に入った後、睡魔に負けて加子母で仮眠。
翌朝帰宅した。