何やかんやで好きだった町。
やあ。近頃は海外のブッシュクラフトの動画見るのが流行中です。
鶏の丸焼き食いてぇ…。
4月。上京して9年が経過しました。
2010年に東京に来て、最初の住まいは矢口渡だったという話は前にしたかな。
気に入ってましたが、諸事情で1年半で引っ越すことに。
「じゃあどこに暮らすんよ?」となって最終的に決めたのが小田急線多摩川流域。
(当時は今以上の出不精だったので、散歩できる道が欲しかったのです。)
和泉多摩川駅を候補に考えてましたが、紆余曲折あって向ヶ丘遊園の枡形に決定。
今回は当時の家の近くで、たまに行っていた生田緑地・日本民家園へ行ってきました。
川崎市立日本民家園は、急速に消滅しつつある古民家を
永く将来に残すことを目的に、昭和42年に開園した古民家の野外博物館です。
東日本の代表的な民家をはじめ、水車小屋・船頭小屋・高倉・歌舞伎舞台など
25件の建物をみることができます。
(日本民家園公式サイト)
神奈川にある唯一の、加えて僕が知る限り関東最大の古民家博物館。
東北・関東・北陸・東海から沖縄に至るまで、幅広い地域の様々な古民家・古倉を
保全していこうという取組みで、誰でも当時の建築を見学できます。
写真は明治44年に建てられた、川崎市の大地主の母屋なんだとか。
ここは期間限定ですが、金土日でカフェにもなってます。
POST TOWN.
各家屋の間取りや造りは公式サイトのがよほど詳しいので割愛。
入園時間は9:30~17:00(冬期16:30)、入園料は500円。
その特色から、建築学の学生・教師や地域の子連れ、外国人に人気があるようで、
当日も多くの人を見かけました。
ここは名古屋にあった武家屋敷の供待(ともまち)で、主人と来たお供は
この部屋で用事が終わるのを待っていたとか。
供待が1つの建物として残されているのは、全国的にも珍しい例とあります。
武家屋敷、良いですよね。
親もそういうのが好きで、子供の頃に石川の長町武家屋敷に行ったことがあります。
尤もあまり記憶に残っていないのですが。
子供の頃にはこの良さにピンと来ないもんです。
伊那街道沿いの商屋・旅籠。
伊那街道は昨夏に訪れた中山道の塩尻で分岐し、伊那を通り飯田の方へ延びる街道です。
あの辺りは旧街道も縦横無尽で、歩き応えがありそうだな。
板葺き屋根の上に石を置いた、石置板葺き造り。
妻籠の古い家屋でも見かけた構造ですが、
「石って飛ばないんですか?台風とか地震とかで。」と尋ねたところ、
「東日本大震災で、ここは震度5強だったが1つも落ちなかった。」
板の張り方で摩擦力が高まっているのだと思いますが、不思議なものですね。
「こういう民家でご飯食べたら楽しそう。」
大平宿なんかは古民家体験で有名ですよね。
一度行ってみたいのですが、ぼっちにはハードルが高すぎる…。
行くこと自体がではなく、掃除も炊事も湯沸しも全て自分達でやるので、
ソロだとあれもこれもやってるうちに、てんてこ舞いになりそうって話です。
でも昔の人はそれでもちゃんとやってたんだろうなあ。
誰か一緒に行かない?
蕎麦挽き等に用いられた水車小屋。
風情がありますねぇ。
水車も、もうこういう場所でしか見かけませんね。
実家から3kmくらい離れた隣町の公園に、古い水車があったはずですが、
もう20年前の話ですし、気付いたら無くなっていました。
そしてこちらは、我が故郷富山県南砺市の五箇山合掌造り集落から移設。
昨秋に訪れた相倉ではなく菅沼合掌造りにほど近い、上平細島に所在していたようです。
菅沼は混雑が激しい。
今夏は無理そうだけど、五箇山の峻嶮な沢を練り歩いて
当時の遺構探しというのもやってみたい話ではある。
でも富山の沢沿いはオロロ(イヨシロオビアブ)が怖いですねぇ…。
以前に五箇山は5つの谷間の総称という話をしましたが、
向いの家はその1つ、利賀谷から持ってきたとありました。
畑では桑や里芋を育てている。牧歌的というか、ノスタルジアというべきか。
常々こういう風景は失くしちゃいけないと思うんです。
スクラップ&ビルドなんて糞食らえだ。
ちなみに板の間には普段上がれませんが、日によって(?)上がれる家屋が決まっているらしく、
その日の決められた家屋であれば、靴を脱いで上がっても大丈夫らしいです。
常駐の人がいるかいないかで変わるのかな。
奥に見えるのは沖縄永良部の高倉。
柱の上に倉を据え付けたもので、毒性があるツバキ科の常緑樹イジュを柱にし、
鉄板を巻いて鼠返しにしているのが特徴。
これにより鼠の侵入を防いで、湿気の多い地面からも離して穀物を守る一石二鳥。🐀🐓
山梨県からは、甲府盆地の強風に耐えられるように軒を低くした農家のお出まし。
つい1ヶ月前に葺き替えたとのことで、ピッカピカでした。
これが1年すると、今まで通ってきた古民家のように黒くなるようです。
定点カメラで撮影してほしさある。
家の中に雨樋がある茨城県の農家。
雨水を無駄にしないためにそのような構造になったのでしょうか。
樋が詰まった際には、家がビッチャビチャになったみたいです。
それなら外に水瓶付ければ…とはならないんだろう。
茨城暑そうだし、たまに降る雨水は出来るだけ無駄にしたくなかったのかな。
玄関先には名主の館らしく、五榜の掲示が飾られていました。
定
一 人タルモノ五倫ノ道ヲ正シクスヘキ事
一 鰥寡孤獨癈疾ノモノヲ憫ムヘキ事
一 人ヲ殺シ家ヲ焼キ財ヲ盗ム等ノ惡業アル間敷事
長いので次回に続く。