しみじみ。
前回の続き。
馬籠宿を観光した後に、宿場町の上部へと向かいました。
今回わざわざ車を妻籠宿へ置いて、バスで馬籠へ来たのには理由があります。
馬籠~妻籠間を、旧中山道の面影を感じながら歩く中山道ハイキング、
はじまりはじまり。

距離にしておよそ8km。
石畳を歩いてのんびり3時間ほどの、自然豊かなトレッキングコース。
往年の雰囲気を色濃く残した旧道は、以前から歩いてみたいと常々思っていました。

といっても石畳だけではなく、土であったりアスファルトであったりと様々ですが、
中山道の古き趣が殊更感じ取れる。
今の時期は虫もそれほどおらず、程よく涼しい森林浴を楽しめる。

道中では所々にクマやイノシシ除けの鐘が設けられています。
観光案内所では熊鈴をレンタルできたり、踏破証明書が貰えるそうです。
僕のように遅く出ると、貰えないかもしれませんが。

道中の水田。
こういう風景は失くしたくないですね。

カートや手提げを持っている方でも問題無く、妻籠なら馬籠へ、馬籠なら妻籠へと
荷物を目的地へ届けて貰えるサービスがあります。
(有料。受付は早朝~午前中に限る。)

道は整備されて歩きやすいものの、流石にハイヒールでは無理なので
宿場町に来る際は汚れても良いスニーカーを持ってくることをお勧めします。
というか、持ってきましょう。
きっと楽しい旅路になりますよ。

この梨の木坂辺りには昔から集落がありましたが、明治に山津波が起こり
ある一家が一人を残して亡くなった、痛ましい出来事がありました。
残された人は島崎藤村の知り合いで、伝手で彼と連絡を取り供養の碑を書いてもらい、
今も水車塚として残されています。
この石仏もその類なのでしょうか。

ここからは暫くアスファルト敷きになります。
斑入りの道が旧道の証。

そのまんま、峠集落と呼ばれるこの辺りは、牛方(牛を使った荷物の運搬・移動を生業とする人)が
多く住む地だったようです。
道中の食事処で栗こわめしがメニューにありましたが、
往来が盛んであった頃、峠の栗こわめしは名物であったそうで。
荒町、横手、中のかや、岩田、峠などの部落がそれだ。
そこの宿はずれでは狸の膏薬を売る。
名物栗こわめしの看板を軒に掛けて、往来の客を待つ御休処もある。

土地柄、島崎藤村の逸話が多く残されています。
『夜明け前』でもここに住んでいた牛方の組頭をモデルにした人と、
当時起こった出来事をモデルにしているとのこと。
きちんと内容が分かっているとニヤリとするのでしょうね。

宝暦12年(1762年)に大火があり、数多くの家々が焼失したものの、
以後目立った災害に見舞われることはなく、
往年の街並みを色濃く残した建物が建ち並ぶ。
古くは旅籠として、名前を変えて民宿になっていた古民家。
人の気が感じられず、今ではもう営業していないのだろうか。
大火後に再建された数百年の歴史を持つ、由緒ある旅籠であったらしい。

集落を上り詰めていくと、熊野神社が右手に現れます。
少し上ってみましょうか。

何の変哲もない熊野神社ですが、荒れ果てることもなく、
集落の人が足繁く通っているのだなと一目で分かる。
今から何十年も前には、神社の境内で子供たちの喧騒の声も聞こえたことでしょう。

参拝し、境内を降りて清々しい春の日差しを浴びながら足を進めることにします。
長いので3分割。次回に続く。